大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福井地方裁判所 昭和38年(行)7号 判決 1966年9月06日

原告 吉田忠義

被告 大野労働基準監督署長

訴訟代理人 水野祐一 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告の申立

被告が原告に対し昭和三五年七月一一日付をもつてなした労働者災害補償保険法に基く、療養、休業並に障害の各補償費を支給しない旨の処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、原告は訴外岩見辰雄が経営するシヤツトル部品製作所に旋盤工として勤務している者であるが、昭和三四年八月八日午後六時頃同製作所内め研磨盤(グラインダー砥石車)を運転中砥石車が破裂し、右アキレス腱断裂、踵部挫創、右手第二、三掌骨々折、右栂指、人指、中指挫滅の重傷を受け、勝山総合病院に入院し治療を受けた。

そこで原告は右災害は業務上の事由に基くものであるから、被告に療養、休業、障害の各補償費を請求しその支給を受けた。

二、しかるところ、被告はその後調査の結果、昭和三五年七月一日付をもつて、右災害は原告が川鱒突用のヤスを製作中に受けたものであつて業務上の事由によるものでなかつたとして、先に原告に支給した各補償費は之を支給しない旨の処分を通告してきた。よつて、原告は右処分を不服として審査、並びに再審査の請求をしたがいずれも棄却された。

三、しかしながら左の事由により右災害は、原告が業務に従事中業務に基因して受けた災害である。

(1)  原告が担当以外の作業である川鱒突用のヤスを製作するに至つたのは事業主である訴外岩見辰雄が営業上の顧客を、九頭龍川に招待し、鱒を獲る為、原告にその製作仕上げを急ぎ依命していたからであつて命令である以上右ヤスの製作は、労働者たる地位に随伴し、当然予想される業務そのものである。

(2)  原告は当日午後事業主の支配下にある工場においてスピンドル切断用の雄型を製作していたが、終業後残業して雄型を仕上げるべく側面を使用できる新しい研磨盤(グラインダー砥石車)と取替えた上二、三分試運転をした後、雄型を右砥石車に当て仕上げの研きをかけたが、摩擦の為加熱したのでその冷却を待つ間、右ヤスを右砥石車にかけたところ、突然砥石車が破裂して、原告は重傷を負うに至つた。即ち、右ヤスの製作は単に附随的業務であつて、主たる業務の雄型製作中に発生した災害である。

(3)  研磨盤の砥石車は、ヤスより抵抗力の強い雄型を研磨した際既に亀裂を生じていたものであつて、結局破裂する運命にあつたから、企業の物的設備に瑕疵があつたことに起因する災害であつて業務上の災害である。

四、従つて、被告のなした処分は不当であるから、その取消を求める。

第三、被告の答弁と主張

一、請求原因第一、二、三項中原告の災害が業務上の事由に基づくものであるとの点を除いてその余は認める。

二、被告の主張

(1)  原告の右ヤス製作の動機は、事業主である訴外岩見と原告との雇用関係が生ずる一〇日程前に偶々九頭龍川で鱒取りをしていた時に両人の間で鱒突き用のヤスがあるといいとの話があり、それによつて原告がヤス製作の意図をもつに至つた。しかして訴外岩見に雇われて後、昼の休憩時間、作業終了後等作業時間の合間を利用して、ヤスの製作をしていたものであつて訴外岩見がヤスの製作について指示監督をなしていた事実はない。

よつて右ヤスの製作行為は業務ではない。

仮りに訴外岩見から製作を促がされていたとしても、ヤス製作行為は原告が、労働者たる地位を有することから社会通念上当然に要求され、予定される業務ではない。

(2)  原告は当日所定就業時間内に雄型を仕上げることができなかつたので残業すべく午後六時三〇分頃、新しい砥石車と取替えたがこの時原告は単なる思いつきで本来の業務と何ら関連のない川鱒突用のヤスの仕上げを思い立ち右砥石車でヤスの加工仕上作業中午後六時四五分頃突然砥石車が破裂して、その破片により原告が負傷するに至つたものであつて雄型仕上作業中の災害ではなく業務外の災害である。

従つて被告のなした本件処分は適法である。

第四、証拠関係<省略>

理由

原告が昭和三四年八月八日訴外岩見の工場で研磨盤を運転中砥石車が破裂してその主張どおりの重傷を負い入院して治療を受けたこと。砥石車が破裂した時点においては原告はヤスを砥石車に当て研磨中であつたこと。被告から各補償費の支給を受けたが、後程業務上の事由に基く災害でなかつたとして不支給処分の通告を受けたこと。

再度に亘つて不服申立をなしたが、いずれも棄却されたことは当事者間に争いがない。

一、まず原告の川鱒突き用ヤスの製作行為が前記工場における原告の業務に属するか否か判断するに

一般的に業務上の災害と云えるためには当該労働者が企業目的遂行のために通常の業務を実施している場合に起つた災害であることが通例であるが又当該労働者の職務の性質上事業主の命令によつて私用を行うことも又当該労働者の業務に附随した職務であるとみるのが社会通念上妥当であると解される場合もあり得る。

しかして本件についてこれをみるに<証拠省略>を総合すると<1>原告のヤス製作の動機は、原告が訴外岩見に雇用される一〇日程前偶々九頭竜川で両人外二、三の者が鱒取りをやつていた時に右岩見から「ヤスを作つておけや」と話があり、原告も「ヤスがあると都合が良い」と思い、ヤスの製作を思い立つたこと、<2>ヤスの材料は訴外伊藤孝久が道路上で捨つた自動車のスプリングを原告が右伊藤から貰いうけたものであること、<3>その後原告は訴外岩見に施盤工として、雇用されたが、ヤスの製作について右岩見から仕事の合間とか、昼休み作業終了後に作る様指示され、原告もその様な時間帯を見計らつて製作していたこと等の事実が夫々認められる。

してみると、右ヤス製作の動機並びにその性質なるものは単に趣味を同じくする者同志の便宜のため(原告が使用しても良く、右岩見が使用しても良い関係にある。)にヤスを作ることとなつたもので業務とは何ら関連性はなく、これが原告が右岩見と雇用関係に入つた後においてヤスの製作を右岩見が指示し、承認したとしても、その指示、承認は原告の業務として事業主の監督下にある指示、承認と異り、単なる原告と右岩見個人との間の私的な関係における依頼行為であり、ヤスの製作はそれによる私物作製行為であつて原告の業務と認めるのはいささか困難である。

右認定に反しヤスの製作は業務上の顧客を鱒取りに招待するためのものであるとする<証拠省略>の右供述部分は措信できないし、他にこれを認むべき証拠はない。且又他に前段認定を覆すに足りる有力な資料は存しない。

二、次に砥石車が破裂した時原告はヤスの製作を単に附随的にやつていたもので主たる業務は雄型製作中であつた旨の原告の主張について考えてみるのに

原告が所定就業時間内に雄型を仕上げることができなかつたので残業して仕上げるべく砥石車を新しいのと取替えたことは当事者間に争いがない。しかして砥石車を取替えた後雄型の仕上作業に取かかつたかと云うに<証拠省略>によると、原告は此の時製作中であつた前記ヤスの仕上げを思いつきヤスを取出して研磨中砥石車が破裂したこと。<証拠省略>によれば、所定就業時間終了後災害の時点までに原告を目撃したと認められる柳浦修、京道三郎及び島田稔は原告がヤスを製作していた場面のみを目撃し雄型を製作していた場面は見てないことが夫々認められる。

してみると、研磨中の雄型が加熱したので、その冷却期間を待つ間ヤスを砥石車にかけていたと云う原告本人尋問の結果は措信できないし、当時現場にいたと認められない証人<証拠省略>のこの点に関する各証言も信用できない。又右認定に反する証人柳浦修の証言は前記乙第七号証と矛盾するものであるが、災害発生後比較的記憶の新しい時期に作成されたと認められる乙第七号証に比すれば右証言は措信できないものである。

以上の事実からすると原告は砥石車を取替えた後は一度も雄型を研磨した事実は認められず結局ヤスを研磨中に災害にあい負傷したものと認めるのを相当とする。しかしてヤスの製作が前記の如く私的な関係における私物製作行為であると認定される以上その製作中に起つた災害はそれが企業の物的設備の瑕疵による災害であるか否か判断するまでもなく原告の請求は理由がない。

以上の次第で原告の請求は失当であるからこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤文雄 高津建蔵 井上治郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例